50周年記念インタビュー
土屋 周二 先生
- 遠藤
- 先生は第25回消化器外科学会総会の会長を務められました.会の活動への関わりもこのあたりが思い出深い時期でしょうか.
- 土屋
- そのぐらいですね.昭和60年頃です.
- 遠藤
- ちょうど私が医学部卒業した年です.
- 土屋
- 初めは中山先生とか村上先生とかああいう先生方が理事で,今度はここでやってもらおうかなんていうことを決めたらしいんですけどね.そのうちに村上先生が評議員は勝手に指名するんじゃなくて,業績をもって決めるとしました.そういうことで,その人の全業績をリストにしましてね.
- 遠藤
- そんなに昔の時代から評議員制度を採り入れていたんですか.
- 土屋
- そうですよ,初めから.全業績をリストにして,それを提出して,それに点数を付けまして,点数の順にしたんですよ.
- 遠藤
- 1977年に評議員選出委員会,村上 忠重先生が担当理事という記録がありますね.
- 土屋
- そうそう,村上先生ね.結局,いわゆるボス支配なんかをなくして,ほんとに研究をやってる人を評価しようっていう趣旨なんですよね.
- 遠藤
- すごいですね.発足して10年でもう,そういうものが生まれてたっていうことですね.
- 土屋
- 僕もここに来てからだと思うんですけど,論文を出さないとかっこ悪いかなと思ってね.一生懸命くだらない論文まで書いて出しましたけどね.クオリティーを問われましてね.あんまりつまらない雑誌ではいけないといろいろ厳しくなりました.
- 遠藤
- 数が多けりゃいいってもんじゃなくなったんですね.
- 土屋
- 数に入れられるものが限定されたんですよ.薬屋さんのちょうちん持ちみたいな記事が掲載された雑誌がいっぱいありましたからね.ああいうものは駄目ということです.
- 遠藤
- 先生が理事になられたのはいつ頃だったんですか.
- 土屋
- いつ頃ですかね,忘れましたけど.まだ,消化器外科学会事務局が九段下にあった頃ですね.高土さん(高土敏昭前事務長)っていらっしゃった,あの方が事務長ですね.
何回か九段下の事務局に行きましたよ,あそこは桜がきれいで. - 遠藤
- 理事のどなたかが学会の会長になるというシステムはその当時からだったんですか.
- 土屋
- そういう決まりは何もないんですよ.ただある先生が「こんなことでボス的に会長を決めるのは問題がある」って言うからね.それで順番にすることにしました.
- 遠藤
- 選挙ではなくて,その理事の中でですか.
- 土屋
- 理事会の順番でです.今もそうでしょう.
- 遠藤
- まあそうですね.あうんの呼吸でということがあるかもしれません.
- 土屋
- 理事は選挙できまるのでしょうか? 点数ですか?
- 遠藤
- 選挙になることもありますし,立候補者が定数だったら,そのまま選挙なく決まります.
- 土屋
- だんだん理事は決め方がやかましくなってきましたね.もうなあなあじゃいかなくなってきた.
- 遠藤
- 会の中での思い出に残ってらっしゃる先生のお仕事とかありますか.例えば雑誌編集ですとか,評議員.大変だったことなど.
- 土屋
- 今日も東京行かなきゃいけないなあ,としょっちゅう思っていました(笑)
- 遠藤
- 確かにそうですね.雑誌と評議員と,専門医も先生の頃ですか.
- 土屋
- 専門医もそう,あの頃はね,大阪の安富さん(安富正幸先生:近畿大学)なんかがやられてました.僕らもそんな話あったけど,あれ面倒くさそうですからね.なかなかまとまんないでしょう.
- 遠藤
- まとまらないですね.利害関係がありますからね.
- 土屋
- 何ら経済的には点数が上がるわけじゃないしね.
- 遠藤
- インセンティブはないです.
- 土屋
- そういう一つの名誉職みたいになっちゃいますからね.一つはまあ,あいつが専門なんだなって一般の人が見てくれるぐらいでね.
- 遠藤
- 勲章みたいなもんですか.
- 土屋
- 勲章といいますか,まあ,看板に偽りなしっていうところでしょうかね.
- 遠藤
- そうですね.その人の腕前を学会が担保したんだよっていう証しにはなりますね.
- 土屋
- だけどもね,余計な話ですが,専門医制度をあんまりきちんとやってもメリットがないし,それでもみんな一生懸命やりたがるのは,やっぱり外科医の職人気質ですかね.
- 遠藤
- まあ,外科は特にその傾向が強いですね.
- 土屋
- ねえ.だから経済だけじゃ言えませんよね.なんでも大変ですよ,今の規則は.あのカリキュラムを全部達成するのってね,やはり心掛けてないとできないです.
- 遠藤
- でも先生,規則って,緩くするのにはさっきの手術の話とおなじでもっともっとっていうのは褒められても,緩くするとか少なくするというのは,外科の世界ではそしりを受けがちじゃないですか.
- 土屋
- けしからんって言われる可能性はありますよね.だから外国ではやってるんだから,ということが普通になってるでしょう.
- 遠藤
- はい.
- 土屋
- 日本流の郭清なんてやらないですよね.非常に型にはまった取り方してますよね,普通のね.
- 遠藤
- はい,少しドグマにはまってる感じはありますね.
- 土屋
- 僕もドイツへ留学というか,ちょっと行ったことがあるんですよね.有名な大家の先生のオペレーションをいろいろ見学しましたが,乳がんの手術も非常に郭清は少なかったですよ.
- 遠藤
- 取るだけみたいな.
- 土屋
- そうじゃなくて,ここを,わきの下を取るんだけど,反対に大胸筋なんか取らないでね.
- 遠藤
- ご留学されて視野を広く持たれたことが先生のお仕事に影響されたんでしょうか.
- 土屋
- どうですかね.やっぱり,あまのじゃくなんですね,私が.偏屈な人間だからね.だからちょっと変わった理知的なことをやってみるかなっていう.
- 遠藤
- 人と違うっていうことですね.
- 土屋
- 要するに外科の手術というのは,日本の昔からある武道だとか華道だとかお茶だとかとおんなじような,一種の型にはまったものをやっていくというものなんでしょうね.
- 遠藤
- 道みたいなものになりやすいですね.
- 土屋
- それがあるんですよね.まだ駆け出しの2,3年はそれは型をちゃんと覚えてもらわなきゃ困るけども,あとはお茶飲みとは違いますからね.だから自由な発想がいいんじゃないかなと思いますけどもね.
- 遠藤
- 長く消化器外科医でいらっしゃった先生の視点から見ると,今の消化器外科には何か注文はありますか.
- 土屋
- なんともですね.もう外科そのものが変わったでしょう.
- 遠藤
- 徐々にですけどね.
- 土屋
- 古代ギリシャローマ時代の外科とおんなじようなことを誇ろうとしてもね.ただ,そういう古い技術が集まって外科の技術が作られたわけですからね.糸を結紮するなんていうのを素早くやらないといけない.
- 遠藤
- 今でもやってますよ,先生.素早く縫うべしみたいな.
- 土屋
- それも大事だけどね.この人工知能のできた時代に,それじゃあ駄目じゃないかなとも思うけどね.
- 遠藤
- 外科医も最新のテクノロジーを取り入れないといけないですね.
- 土屋
- 今だって,例えば現金ってものがなくなって,大抵携帯電話やカードで払うのがはやってきてるでしょう.そのうち,人工知能が人間を支配するようになる可能性もありますけどもね,嫌ってばっかりもいられないでしょう.
- 遠藤
- 外科という職業はこれからはどうなっていくと思われますか.
- 土屋
- 僕はやっぱり,人間が実際の手技をやらなくても済むようになると思う.ダビンチみたいなロボット手術がもっとリファインされて.ただ,一般的な外傷など軽いものは外科技術は要りますが.でも変わっていくんじゃないんですかね.
- 遠藤
- 例えば,手技の手の動きがあまりうまくない人も,人工知能がこのラインがいいよと教えてくれたりといったことですね.
- 土屋
- 今は何億光年先のとこまで電信電波が届く時代ですからね.こんなちっちゃいとこでこだわっててもしょうがない.
- 遠藤
- 僕もそう思うんですよね.外科って何でこんなに進歩がゆっくりなのかなって.
- 土屋
- 例えばね,何ミリ以下の血管の吻合は無理で,顕微鏡手術でもどうにもできない.けれどもあれができたらいいなっていうものはたくさんありますよね.それを針糸でつなぐってことばかり考えないで,何か別の考え方,やり方ができたりね.縫うんじゃなくて,はめるとかね.今の外科医にはそういう新しいことを期待してますよ.
- 遠藤
- はい,頑張りたいと思います.
- 土屋
- 超音波で振動させて肝実質を砕くという方法がありましたね.あれは今もあるんですか
- 遠藤
- CUSAですね.あります.でも私は今はペアンで肝実質を砕くペアンクラッシュ法に戻ってしまいました.
- 土屋
- また昔のやり方に戻って,台湾のリン先生みたいに指先でこうやってやる.
- 遠藤
- そうです.そうです,リン・テンユウ先生.
- 土屋
- あんなのがいいのかもしれない.
- 遠藤
- そうですね.あれだけいい指があれば本当に.
- 土屋
- 理想ではね,いいと思いますね.指先って割合と鋭敏なもんですよね.
- 遠藤
- そうですね,私が以前に仙骨腹式の直腸がんの前立ちを最後にさせていただいた時,土屋先生,左手で仙骨の前面いってらっしゃいましたからね.いや,すごいなと思いました.
- 土屋
- いや,どうですかね.もう慣れですからね,ほんと.
- 遠藤
- 経験,手術症例数の多さは外科医にとって大切ですね.
- 土屋
- まあ,もう少し,新しいメソッドができるんじゃないですかね.
- 遠藤
- 外科医に研究するマインドは必要ですか.
- 土屋
- 本来はそうでしょう.いろんな免疫学とか,がんの深い遺伝子を見つけて,そこをターゲットにする薬を作るっていうのは外科じゃなくたってできますからね.みんなあっちのほうへ行っちゃってますよね,今の流れとしてはね.
- 遠藤
- でも外科医も研究したほうがいいんですよね.
- 土屋
- 関係のあるものは,問題を解決するためにやるわけですからね.あとコンビネーションの治療でしょう.
- 遠藤
- そうです,集学的治療ですね.
- 土屋
- 何だか化学療法の組み合わせがいっぱいできてね,統計的なわずかな差をもって,これをよしとする,そういう傾向が強いでしょう.
- 遠藤
- 先生,2週間延命しただけで有意になった薬もありますから.
- 土屋
- そう,数字のちょっとした違いが絶対になっちゃってますね.
- 遠藤
- はい.そういう傾向は全世界的にあります.
- 土屋
- 情報の収集なんかもそうでしょう.いろんな商売をやる人が,これが売れ筋だとかっていうのを情報を集めて解析する,それがメインになってね.そのとおりやって効く場合もあるけど,外れることもあるわけですよ.
- 遠藤
- でも先生,今は大きく変わったのは,日本でやっている外科手術の95%はインターネット上に登録するNCDというシステムに収められてるんです.あれでだいぶ分かったことあるんですよ.150万件の手術データを分析することで何がリスク因子なのかが分かるようになってきたんですね.今後はそういう知見をどうやって治療に介入させるかですね.
- 土屋
- 臨床例であんまり比較をむやみにできませんからね.
- 遠藤
- そうですね.
- 土屋
- 最大効果になると信ずるものをやるっていうのが基本ですからね.そういう別目的であってはあまり大きなこと言えないわけですよ.
- 遠藤
- 今後,消化器外科学会はどうなっていくと思われますか.
- 土屋
- 学会って一体なんだろう,っていうことになりますよね.
- 遠藤
- 学会本来の理念というと,同好の志が集まるっていうことになりますか.
- 土屋
- 学会というのは本当の研究の場ですからね,基礎学者の学会っていうのは真剣です.
- 遠藤
- そうですか.生きるか死ぬかみたいな感じですか.
- 土屋
- ええ.だから,臨床科のほうは少し甘いんですよ,中身がね.で,そういうのが特徴なんですから.
- 遠藤
- まあ,そうですね.
- 土屋
- 医師というのはいろんな要素があり,複合的な職業ですよね.
- 遠藤
- 患者さんという生きているものを相手にしていますからね.
- 土屋
- だから手術じゃなく,他の方法でがんでも何でも固めちゃうということができれば,また医師のやることもガラリと変わるでしょう.例えば迷走神経切離なんか良い薬ができて,ほとんどなくなっちゃったでしょう.胃穿孔なんかも.
- 遠藤
- はい.乳がんもさっき先生おっしゃったように,もう腫瘍も取らない時代になってきたりですとか,直腸がんも放射線化学療法の後にウェイト・アンド・シーで.だからここ数十年でもだいぶ,ありさまは変わってきましたね.
- 土屋
- だけども外科医の性格的に職人気質的なものがありますからね,そういうリスクやなんかを要らないとか,おとしめられることを言われるのは不愉快なわけですよ.
- 遠藤
- そうですね.
- 土屋
- 手術は駄目だ,なんてことを声を大にして言うと外科医みんなに嫌われますからね(笑)
- 遠藤
- 気をつけないといけないですね.
- 土屋
- だから冷静に考えないとね.
- 遠藤
- 先生はみんなに嫌われるかもしれないとは思われなかったんですか.
- 土屋
- 思ったから,あんまり大げさにはやんなかったですね.ただ,だけどね,直腸がんもちっちゃいのあるでしょう.あれは局所切除でいいって僕が学会で言ったら,だいぶ反発されましたよ.がんと名がつけば徹底的に郭清手術をしなければ,その人はもう倫理観が低いんだって,そういうような発言がありましたよね.
- 遠藤
- でも局所切除で長生きできれば,人工肛門にならない人生が過ごせます.適応ですね,やっぱり.経験が多い先生ほど,そういうパースペクティブのようなものがあるんですね.
- 土屋
- これが絶対にいいなんていうものはないですよね.みんな何かいいとこ悪いとこあるからね.
- 遠藤
- 時代でも良し悪しは変わってきますしね.では先生のお考えとしては,今後はテクノロジーをいかに扱うか,というところでしょうか.
- 土屋
- ええ,テクノロジーへの視点を大事にして欲しいですね.
- 遠藤
- 先ほど先生がおっしゃっていた「人は指示するだけでロボットがやるっていうような時代にもう,なるかもしれない」っていうことですね.本日は先生の長年のご経験から,大変貴重なお話をしていただきました.ありがとうございました.
- 土屋
- ありがとうございました.
学会活動への関わり
外科の現在を眺めて
「学会って一体なんだろう」(土屋)
土屋周二先生は本インタビュー収録後,2019年1月28日にご逝去されました.
ご逝去を悼み、謹んで先生のご冥福をお祈りいたします